マンデラエフェクト備忘録

マンデラエフェクトに関連した考察を記載しています。

地球ゲームについての考察1

12回目の発信になります。

カテゴリタイトルを新たに追加しました。「地球ゲームについての考察」となっています。

このテーマについては今までとは違った趣になりますが、ある種自分なりの結論に近い考察を述べるための場になりそうです。

マンデラエフェクトから世界線、時事問題を扱ってきましたが、全てを引っ括めて「地球ゲーム」という大きな括りで統括できるのではないかとも思っています。

また、ある程度時間が過ぎてその正誤はわかりませんが、自分なりの解答に近いと思われる位置にきたかなという感覚もあって、途上ではあるが、自分の考えをある程度出していければいいなという感じでいます。ただ、そのまま考えを直接記載するということはできるだけしないようにしたいという考えもあり、微妙な文章になるかもしれません。

地球ゲームという言葉は2040さんからの影響もありそうですが、自分なりに考えた結果、現状での言葉として選ぶとしたらこれしかないかなという意味合いで付けました。

仏教などではこの世は魂修行の場などとの硬めの表現もありますが、仮想現実空間としてゲームと表現するのは現代人の感覚からも間違ってはいないのではないかなと感じています。

 

 

では以下にまずは地球ゲームの基本設定について、現在感じていることを書いていきたいと思います。

 

地球ゲームの難易度

プレステなどでのRPGゲームをやったことのある人ならわかるかと思うのですが、ゲームをはじめる際に設定というものが必要になるものがあります。それはキャラクター設定や、難易度設定が主だったものですが、難易度については基本的に イージー→ノーマル→ハード という設定があり、初心者ならイージー、経験者ならノーマル、プロならハードという選択をするのが通常となっているようです。もちろんイージーは難易度が低く、ノーマルは普通、ハードは高難易度のモードとなっています。さらにその上のナイトメア(悪夢)というモードもあったりします。

現在の地球がゲームだとすると、このゲームのクリア条件というものが気になりますが、ここはひとまず置いておいて、まず注目するのは難易度になるのですが、おそらく現状の地球の状況は、ハードを超えたモードのナイトメア?いや、それ以上の無理ゲーに近いデビルモードともいうべきものになっている可能性があるように思っています。

よく目にする、この世こそがまさに地獄(監獄)ではないのかという意見もありますが、確かに監獄惑星に閉じ込められているという見方もできますが、おそらくこれはこの極難易度の設定がそう感じさせるだけの厳しさがあるためなのかもしれません。ただ生きていくだけでも苦しい世界なのに、それ以外の設定も複雑で苦に満ちているという感じでしょうか。ではこの設定がはじめからそうだったのかというと、そうではなかったという論調も複数目にします。つまりは、時が流れ問題が積み重なるにつれ、ここまでこじれてしまったということですが、何らかの明確な意図によってこうなってしまったとも言えるのかもしれません。

ゲームはある意味ストーリーを楽しむものなので、クリアしないと意味が無いものではありますが、現実世界のゲームでもアクション性の理不尽さにより死にゲーなるものがあって、人によってはクリアできないというゲームも存在しています。現在の地球がまさにこれであり、かなりのチート能力でも無い限り、最後まで無事にクリアができない状態になっているのではないでしょうか?

 

敵(悪)の存在の意味

ゲームの難易度はさておき、そもそもゲームの出来として評価されるのは、どの部分でしょうか?

おそらく映画や漫画などと同様、感動、興奮するストーリーや優れた見せ場、それと魅力的なキャラクター等のバランスではないでしょうか?

この中にはおそらく敵キャラの魅力も含まれているものであり、作品評価で最高評価となっているものはカタルシスなどを感じさせる要素も優れたものが多いように感じられます。

つまりは、相反する敵の存在が自分の存在感を強くさせる効果があり、感情を盛り上げるという意味で、人生というゲームがあるならそういう存在の設定がストーリー上、ある意味必要不可欠だということです。

これは同じような人間ばかりだとこの世界が非常に退屈な世界になるということと同義で、敵(考えの違う存在)がいなければ、何も起きない世界(ゲームで言うところのいわゆるクソゲー)になってしまうということです。それはそれで平和で良いのではという意見もありそうですが、人生をより刺激的に楽しむという意味で、あくまでゲームであるなら、そういう設定はありえると思われるわけです。[関連として考えた場合、霊界とかがあるとして、同じ波長(波動)でレイヤー分けされていると考えられていますが、これもある意味では退屈な世界になっていて、それ故にこの世(ゲーム)が存在しているとかなのでしょうか?]

そもそも悪の設定というのは、管理者(ソース)の意図であり、変化に富んだ体験をさせるためのものだという意見も存在しています。ただ、悪は際限なく膨張するため、歯止めが効かず逆に悪が世界を支配するところまできてしまったため、設定を調整(介入)しているのが今なのだとか..。

まあこのあたりを信じる信じないは置いておいても、ゲームとしてはかなり致命的で危険な状態になっているというのは想像できそうではあります。

 

人間の能力設定

あとはいわゆるキャラクター設定(アバター)の部分ですが、ここはある意味ないがしろにされている部分ですが、3次元世界での人間の能力があまりにもシビアなのが気になります。能力限界が多く、肉体的にも弱い存在だということが、色々な意味で面白くなく、多くの人間の人生の失望の原因にもなっている部分かと思われます。こちらもはじめはそうではなかったという論調が存在します。いわゆる超能力的なものを備えていたが、なんらかの理由により能力が使えなくなった(遺伝子操作された?)という意見です。

この世界では容姿の差だけでもかなり人生に幅が生まれそうですが、それ以外になぜこれほど不自由な肉体設定が存在しているのか?苦行には向いているのかもしれませんが、ゲームとして考えた場合、人生を楽しむという観点から考えると大きく外れているようにも感じられる。ここでは不自由を経験するためだとかが解答なのかもしれませんが、本来の設定とは違うものに変えられているということが本当だとすると、色々と真相が見えてくるものもありそうです。そこまで含めてストーリーなのか、それともエラーやバグにあたるのかは、確かめようがありませんが、個人的にはもっと奇跡などの多い、能力映画のような面白い世界に変化すれば良いなあと感じています。

ただ考え方を変えると、次元法則的に3次元では能力は使用できないように設定されているというのが一番しっくりくるようにも感じられるので、もしかすると次元上昇することによって能力が使用できるようになってくる可能性はあるのかもしれませんね。

 

クリア条件は存在しているのか?

最後に気になるクリア条件についてですが、これはゲームならば、確実に存在しているものと思われます。(寿命が終わればクリアという意味ではなく、真のクリア条件)

ただ、それを知るにはこの世界の真相に辿り着かないと、まるでわからない、もしくは信じられないということになりそうです。そして真相だと思われる事に辿り着いても、それが本当なのかを確かめる術は無いに等しく、確実な解答に辿りつくことの保証はありません。今までも述べてきた通り、世界線botの存在、集合意識などの問題を考慮しても、現在の常識的な感覚のままでは理解するのは非常に困難です。

ただでさえ難しい問題のうえ、絶えず邪魔をする存在に支配されているという悪循環の中で、どちらにしても、まずは気付くということが求められますが、その気付くという面だけ見ても、大方は最近になって気付いたという人がほとんどです。そしてその理解にも差があるゆえ、余計にややこしくなっています。

ただ今の支配層側は正解に近い解答を知っている可能性はありそうです。ゆえにそこに辿り着かないように数々の謀略を立てているということでしょうか。そのあたりから逆思考で解答が得られそうではありますが、ある程度の善悪を超えた領域に辿り着かないと、支配層の見ている情景は理解することはできないのかもしれません。もしかするとその答えは恐ろしく単純だったりするのかもしれませんし、想像しているものより遥かに思慮深いものなのかもしれません..。

また、個人のクリア条件と人類全体としてのクリア条件もありそうなのがややこしいですが、この2つが密接に関係しているだろうことは言うまでもありませんし、終幕としての特別な条件がありそうです。

 

以上、だいたいの基本設定について思うところを述べました。

 

 

ブログなどを書いていると気づくことがあるのですが、この数年間で思考錯誤(当て字)を繰り返して、色々と考え方が変化してきた自分がいます。これはここ数年の間に本来入手することができなかった情報にアクセスできる機会が多く存在したということが大きな要因かと感じていますが、ゲームとしてのキャラクター設定で考えると、自分の思考設定値についてのパラメーターがアップデートしたといえるのかもしれません。

結果や進行が自分の想像と違った時などは、かなりイライラした期間もあったりしたのですが、振り返ってみると、それはそれで新たな発見があり、良い方向に思考が変化していくという結果がもたらされました。焦って時間というものにこだわって結論を急ぐと、足元をすくわれる(=)こともあるのかもしれないということを実感させられた次第です。この落とし穴は本当に誰もが陥る危険をはらんでいます。

実はこの「」というのが、今一番書かなければいけないかなと思っていたワードになります。

映画で考えるなら、ドンデン返しなどのひねりのあるストーリーの中に存在している要素に近いかもしれません。それはわかりにくく伏線がはられていたりするものですが、注意深く意識しているとなんとなく気付くことができるものでもあります。

そしてこれは一連の地球ゲームの流れの中にもこの要素が存在しているのではないかと思ったわけです。いわゆるどちらの目線でかはわかりませんが、引っ掛け問題が最後に用意されているとしたら、なかなかゲームとして面白いストーリーにはなりそうです。

もし、そういうものが存在しているとしたらですが、このことに関しては、対象になるのは既に罠(落とし穴)に落ちたともいえる羊側ではなく、前回記載した覚醒者側になると思われます。

そもそも今の情報戦の流れはどう考えても何らかの選別的な意味合いも含んで進行しているものと思われます。色々なところで罠はありましたが、それを現時点でクリアしている、もしくはクリアしていると思っているのが今の覚醒者側にいる人達です。ただ最終段階にさしかかったと思われるこの地球ゲームは、そんなに簡単なものなのでしょうか?

わかりやすい情報操作にはすぐに気付くことができるが、映画などでも大ドンデン返しに絡まる引っ掛けは、まさかというものであり、なかなか気付けないものです。しかし時間が経てば経つほど、なんとなく伏線ぽい要素に気付く人は増えてきます。

そういう視点で観ると、今までの流れの中で、冷静に考えると、自分の考えに組み込まれている判断基準の中に、何か引っかかる、何かおかしいと感じさせる要素はひとつもなかったでしょうか?ネットなどでたまに見かけるアンチ的なコメントは工作員や少数意見の情報がほとんどで、無意識に避けてしまっていますが、その少数意見の中に案外ヒントが隠されていたりすることもあります。何かがおかしいということに気付いている人は、時間が経つにつれ増えてきているように思われますし、部分的には既に正解に近い意見、論調は出てきているのかもしれません。

これまでの歴史の流れを見ても、敵側とされる支配者層はゲームの達人とも言うべきもので、一般人とは比べるまでもなく、頭脳戦、情報戦の超エキスパートだと判断できます。覚醒者として理解していたつもりが、相手側からしたら、自分はまだゲームのbot(羊)とあまり変わらない存在で、情報に踊らされ思惑(予想)通りの動きをしているだけなのかもしれないということです。これは全ての人に当て嵌まるというわけではないと思いますが..。

このあたりが現時点で自分なりにゲームや映画の展開になぞらえて気になっていた点になります。何が真実なのかはまだわかりませんし、複数の世界線があるのなら、未来は自分の選択次第だとか言われていますが、どういう結果に進んでも、油断はしないようにしたいなと思っています。

 

今回はこのあたりにさせていただきます。

この内容が正しいという保証はありませんし、ただの勘違いの可能性もあります。

ただそろそろ書いた方が良いのかなと思った次第です。

 

それではまた。